第79回日本癌学会学術総会における当社・共同研究先の発表3件
先週末まで第79回日本癌学会学術総会が開催されていて、当社の共同研究に関する発表も行われました。
今回は、癌学会で発表された研究報告の概要をご紹介したいと思います。
癌学会では、完全個別化ネオアンチゲンBP1101に関する発表が2題、自家HER2 CAR-T細胞療法BP2301が1題ありました。
当社の長谷川香子による演題「ペプチドーム解析による臨床腫瘍組織からのHLA結合ネオエピトープ同定法」は、BP1101に関するものです。
がん細胞に特異的に生じた遺伝子変異を織り込んだ抗原:ネオアンチゲンは、腫瘍免疫ががん細胞を攻撃するための目印であり、近年薬事承認されノーベル医学生理学賞の対象ともなった免疫チェックポイント抗体はネオアンチゲンに対する腫瘍免疫を増強することによって抗腫瘍効果を発揮すると言われています。私たちは、本研究において、がん患者から切除した腫瘍を質量分析解析することによって、腫瘍から直接的にネオアンチゲンを同定することに成功しました。ネオアンチゲンは腫瘍中にごく微量にしか存在せず、これまでは検出感度の問題からごく限られたがん患者の方からしかネオアンチゲンを同定することができませんでした。
当社と神奈川県立がんセンターの本共同研究によって、ネオアンチゲンの検出力を飛躍的に向上させることに成功し、ほぼ全ての患者の方からネオアンチゲンを同定することができるようになりました。
本研究の成果によって臨床検査等で得られた微量の腫瘍組織から 免疫療法の標的目印となるネオアンチゲンを同定することが可能となり、がんのワクチン療法や細胞療法に利用することができます。
三重大学の宮原 慶裕先生による演題「ヒト大腸がん組織浸潤 T 細胞の腫瘍反応性とその認識抗原の解析」も、同じくBP1101に関する発表です。
大腸癌患者から切除した腫瘍組織から、腫瘍組織に入り込んでいるT細胞(腫瘍浸潤リンパ球)を採取し、それらの腫瘍浸潤T細胞がもつ抗原認識センサーであるT細胞受容体(TCR:T Cell Receptor)の塩基配列を確認し、同じTCRをもつT細胞集団:クローンをいくつも作製します。この中には、腫瘍組織にいるだけで、腫瘍に反応せず、よって殺傷もしない、傍観者的なT細胞クローンも多数存在します。私たちが見つけたいのは腫瘍を認識し殺傷するT細胞クローンで、これをがん治療に用いる術を私たちは研究しています。
この度、CTOS(Cancer Tissue-Originated Spheroid)と呼ばれる手法で腫瘍組織を3次元培養・保存することに成功し、T細胞クローンを腫瘍に当ててみて、それが腫瘍に反応するかどうかを確認し、腫瘍に反応するクローンを多数見つけることに成功しました。
さて、キラーT細胞による攻撃対象:腫瘍の認識は、腫瘍の細胞表面上に出てきているわずかアミノ酸8-10個からなるペプチド(抗原)を介して行われますが、今回はさらに、腫瘍反応性T細胞クローンが認識している抗原が、ネオアンチゲン(がん細胞に特異的に生じた遺伝子変異を織り込んだ抗原)かどうかを調べ、ネオアンチゲン特異的に腫瘍に反応し腫瘍を殺傷するT細胞集団を複数特定することに成功しました。ネオアンチゲンかどうかを調べるにあたっては、同じ患者のDNA・RNAから当社のネオアンチゲン予測アルゴリズムで予測したネオアンチゲンと一致するかどうかを見ました。このように、腫瘍の細胞表面上に提示されているネオアンチゲンとそれを認識するTCR―しかもそれは腫瘍を認識し殺傷するT細胞集団のTCR―のペア同定をシステマチックに行えるようになりました。
多くのがん種では3次元培養系が確立していないため、これまではPDX(Patient-derived Xenograft)モデルを用いるなど、マウスの中で腫瘍を維持しなければならず、これには非常に時間と労力がかかるため、腫瘍に実際に反応するTCRおよび腫瘍に実際に提示されているネオアンチゲンの同定までの道のりが長いという課題がありました。このCTOS3次元培養法を用いることで、上記のプロセスをよりシステマチックに行えるようになり、解析に投入できる数が格段に増えました。
また、採取した腫瘍浸潤リンパ球(TIL)をそのまま治療に用いる方法もありますが、TILの中には腫瘍とは関係の無い自己抗原を認識しているものもあり、それが正常細胞にも発現していたりすると正常細胞を攻撃してしまうTILが出て来るため、腫瘍だけに起こる遺伝子変異の産物であるネオアンチゲンに反応するTCRの同定が重要になってきます。
腫瘍反応性TCRを迅速同定することができれば、腫瘍を攻撃するT細胞を体外培養し患者の体内へ戻す養子免疫療法が可能となります。加えてそれが認識しているネオアンチゲンエピトープを同定し、ペプチドワクチンと併用(ブースト)することでより強力な抗腫瘍効果が期待できます。
最後に信州大学医学部小児科 特任助教 中村加世子氏による「HER2陽性肉腫に対する PiggyBac 遺伝子改変 HER2-CAR-T 細胞の臨床開発」は、BP2301に関する発表です。
in vitro薬効試験(細胞を用いた実験)においては、ファースト・イン・ヒューマン臨床試験の対象として想定しているHER2陽性骨軟部肉腫の複数の細胞種において、抗腫瘍効果を確認しました。また、骨肉腫をターゲットとして、CAR-T細胞とがん細胞を共培養し、がん細胞を一掃した後のCAR-T細胞を取り出し、新たに培養したがん細胞と連続的な共培養を行ったところ、CAR-T細胞が複数回連続的に腫瘍の増殖を抑制できること、つまり抗腫瘍効果が持続することがわかりました。これは、ステム・セル・メモリー型の特徴をもつCAR-T細胞を多く含む細胞集団になっているからと考えられます。また、より多くのステム・セル・メモリー型を創製する要因として、CAR遺伝子の導入に、従来のレトロウィルスではなく、ウイルスを使わないpiggyBac法を採用していることがありますが、それは両者を比較したときの抗腫瘍効果の差異にも反映されています。
また、in vivo薬効試験(動物を用いた実験)では、Rh30細胞(横紋筋肉腫細胞株)を移植したXenograftモデルを用いました。HER2 CAR-Tを投与すると腫瘍の増殖を抑制し、生体内においても、固形腫瘍に発現しているHER2抗原を認識し、高い抗腫瘍効果を発揮していることを示しています。さらに、Rh30腫瘍細胞の再移植(リチャレンジ移植)を実施したところ、HER2 CAR-T投与群においては生着が確認されず、抗腫瘍効果が生体内においても持続していることが示され、in vitroのシリアルキリング試験の結果を裏付ける結果となりました。
以上が共同研究に関する癌学会での発表の概要です。
次回は、日本分子腫瘍マーカー研究会での発表の概要をご紹介したいと思います。