BrightPath通信

2020.7.31

今回は、がん免疫治療薬ではなく、昨日国立がん研究センターと共同でプレスリリースした新型コロナウイルス・ワクチンに関する話をいたします。

これまでは新型コロナウイルスのワクチンと言えば、抗体を誘導してウイルスが体内で細胞感染する前にトラップするメカニズムのものが主流で、今回のコロナ禍でワクチン開発が始まった当初も、先行プレイヤーたちのワクチンが中和抗体が誘導されるかどうかに注目が集まっていました。しかし、ここに来て、ウイルスに対するT細胞(細胞性免疫)反応が重要な鍵を握っているかもしれないということを示唆する、エビデンスとなるデータを伴う報告が増えてきました。

私たちは20年間近く、T細胞を誘導するペプチドワクチンをがん治療用に開発してきた経験をもち、国立がん研究センターの中面免疫療法開発分野長とも、がん細胞の遺伝子変異(ネオアンチゲン)に着目したがんワクチンの臨床応用を目指す共同研究を進めています。このネオアンチゲン・ワクチン候補を同定する技術は、COVID-19の原因ウイルスSARS-CoV-2に対するペプチドワクチンの候補ペプチドの同定に応用でき、実際に複数同定できたので、このタイミングで公表することにしました。

新型コロナウイルスSARS-CoV-2に感作されたB細胞は、抗体を産生するようになり、中にはウイルスが細胞に結合して侵入(感染)する前に、ウイルスを捕捉する中和抗体ができることがあります。

ウイルスは抗体に比べて巨大で、細胞はウイルスに比べて巨大なので、ウイルスが細胞侵入するときにフックのような役割を果たすウイルス表面上のスパイク(棘)タンパク質が、細胞のACE2受容体と結合するのをブロックしたりして、ウイルスの細胞侵入を妨げるのが中和抗体であろうと考えられています。

しかし、ヒトの体内において、中和抗体がすべてのウイルスをトラップできるかというと、そうではなく、その「網」に漏れて細胞への侵入を果たしたウイルスは、その感染細胞の中で増殖し、その細胞の機能を破壊するとともに、破壊された細胞を捨てて次の細胞に乗り移ろうと、圧倒的多数のウイルスとなって細胞から出てきて、中和抗体の産生は追い付かなくなります。

このとき感染細胞は「ウイルス産生工場」となってしまっており、ヒト一個体で見たとき、細胞から細胞への感染拡大は、感染細胞を丸ごと殺傷するキラーT細胞(CD8陽性細胞傷害性T細胞)が登場し、感染細胞が一掃されない限り、収束しません。中和抗体は、いわばキラーT細胞(CD8陽性細胞傷害性T細胞)が出てくるまでの「つなぎ」と言ってよいかもしれません。

抗体誘導をメインの作用メカニズムとする予防ワクチンは、実際のウイルス抗原に感作する前に、人工的に作ったウイルスの「模倣品」を投与することによって、中和抗体を産生するB細胞にいわばウォーミングアップを始めさせ、実際にウイルスが侵入してきたときに、迅速に中和抗体が産生されるようにし、感染細胞を排除するウイルス特異的キラーT細胞が時間をかけて活性化するまで前線を守る先兵を用意するものと言えます。

それに対して、T細胞誘導を特徴とする予防ワクチンは、実際のウイルス抗原に感作する前に、人工的に作った「模倣品」(=ウイルスがコードするタンパク質から切り出され、T細胞が認識する短い断片)を投与することによって、体の中のウイルス特異的T細胞前駆体の「教育訓練」を始め、実際にウイルスが侵入してきたときに、迅速にウイルス感染細胞を排除するキラーT細胞が最初から登場するようにするものと言えます。

6月末に報告された論文Robust T cell immunity in convalescent individuals with asymptomatic or mild COVID-19 Sekine et al. bioRxiv.では、健常者や抗体が検出できない人でも、T細胞が検出された人、すなわちT細胞による免疫系が働いている人がいることが報告されており、抗体検査だけではSARS-CoV-2に対する免疫の拡がりが少なく見積もられてしまう可能性が示されました。

同じく6月に報告された別の論文Intrafamilial Exposure to SARS-CoV-2 Induces Cellular Immune Response without Seroconversion. medRxiv. では、フランスの7家族を調べた試験の結果、SARS-CoV-2感染者と密に接したその家族8人のうち6人からは抗体は見つからなかったにも拘わらずT細胞が検出されたことが報告されています。

5月に報告された論文Targets of T Cell Responses to SARS-CoV-2 Coronavirus in Humans with COVID-19 Disease and Unexposed Individuals Grifoni et al.  Cell  では、2015-2018年に米国で採血された20名のサンプルのうち、半分ほどで、新型コロナに反応するT細胞が検出されたとあり、風邪の原因である4つの旧来型コロナウイルスの感染によって、新型コロナに交錯反応するT細胞が出来ていることが症状の差に繋がる可能性が示唆されています。

感染症ワクチン開発の歴史を紐解くと、ワクチン投与後の抗ウイルス抗体価や中和抗体値の高さを指標に開発を推し進めても、結局のところ血中抗体価と予防作用がマッチしないという話がたくさんありました。そして、デング熱やジカ・ウイルスのワクチン開発のときにウイルスに対する抗体が逆に病気を悪化させる危険(ADE:Antibody-dependent enhancement)が注目され、半端な血中抗体誘導作用はかえって悪いという論調になりました。7月に入って、重症患者の回復期血清に含まれる一部の抗体がSARS-CoV-2の感染を抑えず、反対に過剰な炎症反応を引き起こす可能性があるという報告も、オランダの研究グループからされています。その後これらのウイルス感染症に代わってCOVID-19がけた違いの猛威をふるい始め、臨床報告が積み重なるに連れて、特に細胞性免疫誘導性が注目される流れになってきているように思います。
私たちは、T細胞誘導を特徴とする新型コロナウイルス・ワクチンに可能性を見出しています。

 

バックナンバー

閉じる